|
僕のローズマリー
|
2006/05/31(Wed)
|
|
僕のローズマリー。
君は果てしなく自由で、果てしなく遠く……。 ローズマリー。 愛しい僕のローズマリー。 君はどうしてそんなにも美しく、また悲しいのか…。 煌く大海の端に佇んで、君が見ている未来の橋の向こうには何が見える? 立ち込める煙のような夢が、泡沫の幻想に見える地平線の彼方に、僕は君の揺らめく孤独を見ていた…。 「夏の香りがする」 ローズマリーは、陽の沈んだ紫色の空を見上げて、ゆっくりを瞳を閉じると、すーっと大きく胸いっぱいに空気を吸い込んだ。 「夏の香りがするわ」 夏の香り。とローズマリーは言って、また何度も胸いっぱいに空気を吸い込んだ。 僕には昨日と何一つ変わらず、彼女の想う「夏」さえ感じることは出来なかった。 気温としての「夏」を感じられても、香りや音で言う夏を感じることは、僕には難しかった。 「分からないの?こんなにも夏の香りがし始めているのに?」 彼女は不思議そうに微笑んだ。 「思い出すのよ。夏の日の香り。アスファルトに沁み込んだ雨の香りのように」 『僕には分からないよ』 「じゃぁ、覚えて。これが夏の始まる香り」 ローズマリー。 君はどうして、こんなにも近くに居るというのに切ないほど遠いのだろう。 現実の腕を引き寄せて、抱き締めたところで、君の心だけはまた別ところを向いている。 それが海なのか、空なのか。あるいはまた別の僕の知らない場所なのか…それは分からなかったけれど、僕にはそれが歯がゆくて仕方がなかった。 愛しいローズマリー。 陽の光に微笑み、夜の闇を恐れる瞳。 朝の訪れを悲しみ、真昼の躍動に耳を塞ごうとする純粋な生は、呼吸することも難しいほどにいつも喘いでいる。 「海が私を呼ぶの」 『呼ばれてどうするの?』 「無粋なことを訊くのね?」 『僕は恐いのさ…』 「私は海に乞われて此処にくるわけじゃない。私が求めているのよ」 『なら、なお更僕は恐いよ』 愛しいローズマリー。 君を愛した僕は、君が見ている悲しみを知ることも出来ず、こんなにも近くにありながら、君の手を握り締めて抱き寄せる以外に、何もすることはなくて… それでも微笑んでくれる君がどんなに愛しかったか、君は知らない。 重ねた唇の隙間に、残骸のようにして残った余韻と切なさだけが、僕の心を照らして不安を煽った。 「夏になれば、もっとこの香りが強く際立って、あなたにも分かるようになる。そして思い出すの。幼い頃に見ていた夏の風景や、出来事。感じていたこと。色んなことを…」 『そう。僕には見えない夏を、君は見ているんだね…?』 「・・・・。あなたはそうやって…」 『そうやって?』 ローズマリーは、それ以上何も話をしてくれなかった。 あの切ない微笑みだけが僕の胸を締め付け、だからこそ僕はまた彼女を愛することしか出来なくて、それがローズマリーにとってどうであるのかなど、その瞬間瞬間は考えようとはしなかった。 「大地がね、音色を奏でなくなったらもう死んでいるんですって。私も同じなのかしらね?」 『きっとそうだよ』 そんな小さく軽率な言葉だけが空に舞い上がり、ローズマリーの心には薄く…けれど広い雲が広がっていたことなど、僕には気付きようもなかった。 ローズマリー。 僕の愛しいローズマリー。 ローズマリー・・・・。 果てしなく自由な君は、一体どこに行ってしまったんだ。 空を抱くほど寛大ではない僕は、君の影と香りを求めて、こんなにも乾いているというのに。 君は何処に行こうとするんだ。 ローズマリー。 自由の羽を捥いで、君の悲しみを広げて苦しさをもたらしても、僕は君をある瞬間に海にいざなおうとする自由の羽など、切り取ってしまった方がいいのだと…心の奥底で思っているのだとしたら、君はまた、あの苦しげな瞳をして微笑むのだろう。 そうして振り向いた瞬間には、僕の前から消え去って、風となりゆくのだね? 僕は知っているよ、ローズマリー。 だって僕は君を愛しているんだから。 ローズマリー。 僕は、この大地に僕は僕として、君を愛しているんだ。 ローズマリー。 君を悲しませる海など、涸れてしまえばいい・・・。 |
![]() |
|
Hey mister.Dark Blue.
|
2006/05/11(Thu)
|
|
――――そして教会に辿り着く 君はいい子だからね
僕は君に何を求めてるかって 君に話したことはなかったよね それは僕をここに 永久に閉じこめておくものだったかもしれない 僕は雨を君に贈るよ 雨が君の上に降り注ぐ 雨は花を開花させる 雨は君を孤独にする だけどまつげが下りたままになる 君の願いは洗い流される 僕は君に何を求めてるかって 君に話したことはなかったよね それは僕達をここに永久に留めておくものだったかもしれない 僕は雨を君に贈るよ―――― 確かに君は君だったと そう呟いたのは苦笑交じりの切なさで それはどこまで君だったかと 独り寝の夜の帳に思考を巡らせる そんな夜を追いかけて 朝はどこまでも夜を待ち焦がれた 虚ろな朝は夜を疎い 凶悪な太陽の暴露に瞳を細めて… 暖かな雨が 鬱陶しげに髪を湿らせ 心を潤すこともなく降り続く ビルの最上階から見下ろした街の蟻は どんなにか惨めだった… 僕もそんな蟻に戻るために、耳鳴りのするエレベーターを高速で降りてゆくんだ Hey mister! ワイングラスに浮かぶ魅惑の海の中に どんな夢があるの? Hey mister? 答えて Hey mister! 何故こんなにも悲しいのだろう? Hey mister? 答えて ダークブルーの空だけが知ってる ただそこに君の居場所がなくて 心が乾いてゆくのを ダークブルーの海だけが知ってる 君がそんなに美しくもなく いい子でもないことを だから僕はそんな君が好きなんだ そうさ そんな君が好きなのさ 愛しさのあまり瞳を細めて 表情を硬くしているばかりで 喉に引っかかってしまった言葉と 歯と歯の間に噛み締めてしまった愛は わけもなく雨の降る日に流されてゆくんだね 雨に濡れる髪を解きながら 僕の掌に流れて 雨にくすぶる君の甘い香りだけが 君の居る証のように けれど不鮮明過ぎて 君はやっぱり悲しいほど自由なんだね? だけど僕はそんな君が好きなんだ そうさ そんな君が好きなのさ Hey mister! 混み合った人ごみの中で 孤独になったことはある? Hey mister? 泣いてるの Hey mister! 月も星も要らないんだ 欲しいものはそんなに遠くのものじゃなくて… Hey mister? 泣いてるの…? Hey mister. 空虚な空に 僕は手をかざして雲をつかもうとする こんなにも悲し過ぎる夜の 長い長い雨に… 分厚い雲の向こうに 君の存在を消し去ろうとする雲をつかんでやろうと Hey mister? 泣いてるの 泣いてるの? |
![]() |
|
恋風が吹く静寂の海に
|
2006/05/06(Sat)
|
|
あの光る瞳の美しさと妖しさの中に、僕は畏れるほどの強さを感じていた。
それが二人にとっての切ない別れであったことを、その時の僕は知りもしなかったし、想像さえ出来なかった。 すべては青い蒼い海が、素肌を滑らかに撫でてゆくように、優しく絡めとっていった。 静寂を知らない僕にとって、少女の願う美しい静寂の音は分からない。 途方もない想像力なのか、あるいはもっと単純な直感なのか。 僕にはとにかく手にとれるような明確なものはなく、実感より感覚的なことでしかない。 例えば視覚的なことを信じるのと、触覚的なことを重視するのとでは、やっぱり何かが違うんだ。 そうして僕は前者で、少女は後者なだけであって…。 「悲しいくらいステキなのよ」 『悲しいくらい?』 「そう。泣いてもいい?」 『いいよ。僕は何もできないけれど』 「そんなのいらない。決して“悲しい”わけじゃないの。切ない…の方が近いのかしらね…」 視界一面にひらける蒼い海の向こうに、少女の瞳は縫い付けられたように一点を目指していた。 ちらりと覗った横顔の中に、男なら精悍とも言うのか、気丈な瞳を宿してまっすぐに海を射抜く眼差しは、言葉を失わせる。 「ねぇ?どうして私たちは此処にいるんだろう」 『どうしてって?』 「理由など要らない?」 『そうじゃないけど…君の言い方じゃぁ、まるで…』 「まるで?」 「何?」と首を傾げると、分かっていると瞳が微かに細められた。 あぁ…だから僕たちは海に来たんだ。 僕は確かにそう感じて、少女と同じように海の向こうを見つめた。 「ねぇ、今、何を考えていると思う?」 『君が?分かりっこないよ、僕には』 「・・・・そう。私は時々、あなたが恐いと思うの」 『???何が?』 「言葉ではなく。あなた自身が」 『分からないよ』 「えぇ」 そう言って一筋の涙を零したわけは、一体なんだったというのだろう。 僕を恐いと言った彼女は、僕の何が恐ろしかったのか。 どちらかと言えば、むしろ僕の方が恐れていた。 少女の自由な心が、いつか少女を失わせてゆくのではないかと。 またそうすることを、紛れもない少女が少なくとも望んでいたことを僕は知りながら、否定していたかった。 「だけど、そんなあなただから好きなの。そう、とても」 もう一度確かめるように頷くと、少し恥ずかしそうに微笑んだ。 「そんな風になりたかった」 『どんな風に?』 「あなたのように、よ」 『僕は君のようになれないだけだよ』 「そうでしょうね。きっとなれないわ。だからいつか…」 『いつか?』 交差した視線を振り払うように、彼女は首を振った。 その仕草が子供っぽくて笑ってしまいそうだったけれど、笑えないだけの不安が僕の心を埋めていた。 「あなたは遠いわ…本当に遠い」 『それは君だろう?』 「違うのよ、本当は。表面はそう見えて、本当に遠いのはあなたの方」 手を繋いでいると、互いの温もりの中にふと別の空間を感じることがある。 君と僕とが何らかの想いの上にその空白を埋めようとすればするほど、僕たちの距離は遠くて、君が言った僕への恐れや、僕が知った君の孤独は、何のために横たわっているのだろう。 握り締めた手の強さと、握り返される切ない甘さにだけ酔えたなら、きっと二人はもう少し別の想いを抱いて海を眺めていられただろう。 白波の立つ海面。真っ青な空。佇んでいる大地。 そして、僕と君…。 その瞬間の僕たちの世界にはそれくらいしかなくて、いやそれ以上のものはなくて、だからこそ君は泣いたし、僕は決してその涙の理由は分からなかった。 苦しいほど穏やかな時間が流れ、不必要な言葉は空に舞い、温もりは増し、こんな時間が永遠に続けばいいと思った僕と、多分そうは思わなかった君との間には、どれほどの空白があるというのだろう。 僕には大差ないように思えてならなかった。 天翔ける橋の如く沖に架かる橋を渡りながら、僕たちは遠くの波間を見つめていた。 橋の先端から下を覗きこんで、彼女は「どのくらい深いかしら?」と無邪気にそんなことを尋ねた。 『随分深そうだよ』 「そうね?このまま手を伸ばしたら落ちてゆけそう」 『けれど実際に飛び込めやしないだろう?』 強く吹く風に乱された髪を押さえながら、カンバスに収めておきたいほど美しく微笑したその笑みは、真実に恐ろしかった。 「あなたはいいって言ってくれるの?」 そんな問いに、どんな言葉が相応しかったというのだろう。 「きっと今すぐ飛び込んでしまえる。だから私は悲しいのよ。何故、それが出来ないのかって。さっきも言ったでしょ?何故、此処にいるのだろうって」 海を遠ざけたかったのか、あるいは彼女を絡めとろうとする死を遠ざけたかったのか、僕はその温かな腕を取ると引き寄せた。 実態と確かな躍動が腕の中にある喜びと、果たしてこの躍動が本当に彼女自身であるのかという不安に、僕の心は葛藤と困惑に苛まれた。 素直に腕の中に収まる少女の髪からは、パヒュームの甘い香りに交ざって潮の香りがした。 鼻腔をくすぐる甘やかな幻惑に、静かに唇を落とすとくすぐったそうに少女は笑った。 矛盾する生の躍動を抱き締めながら、それでも懸命に未来を見つめようとするその強い瞳が愛しかった。 腕を解き放って、絡めた指先の束縛を放してしまって、たった4文字の“さよなら”を告げた後、眼の前に広がる深い海のような切なさに還ってゆく彼女は、どんな想いで振り返りもしない海を去ったのか。 美しい海を石化させて、思い出の淵に押し流して、また悲しい現実に耳を塞ぎながら生きてゆこうとするのか。 少女はまた自分自身の海に佇み、僕と見た海ではない波のきらめきの中に、その優しさと悲しみを抱いて沈黙と静寂と、そして大いなる温もりを求めて身を賭すだろう。 きっとその時、快晴の青空の中に、僕の知らない静寂と混沌が混ざり合う波の音が聴こえる。 |
![]() |
|
たゆたう波間の向こうに…
|
2006/05/04(Thu)
|
|
私はその時、幸福の中にありながら、一番不幸な未来を考えていた。
そうすることが正しいわけでも、間違いでもなく。 けれど確かにそれは、幸福と不幸の狭間のような微妙なものではなかった。 美しい景色の中にも、表現する言葉を持たない美しさがある。その爽快で壮大な空気は、私の身体を通り抜けてゆく。 ただそれが風と呼ばれるだけで、真実のところはもっと現実感を持たないものだった。 海は深く、視界に広がるその偉大な景観に、もっともらしい言葉を添えることは難しかった。 真下に広がる煌きと、エメラルドともサファイアとも言える色をした海水が揺らめいている。 その瞬間に感じるあの陶酔感というのか、浮遊感というのか、とにかく身体が自然に海を目指して落ちてゆこうとする心は、どんな海であってもどこの場所でもやはり変わらない。 その時、私の心は極自然に海に足を浸そうとする衝動と、確かな死を求める強い心とが葛藤もせずに両立している。 還るべき場所に戻ろうとする身体と心は、海という自然を前に私を誘おうとするのだった。 海に身を賭した瞬間から、私は海を渡って本当に居るべき場所に還れるような錯覚さえ抱いていた。 やはり私は今日も海に還りたかった。 どうしても、あの場所が私の最後の場所なのだと…。 心が言うわけじゃなく、身体が言うわけでもなく、海がそう呟く。 私を強く強く誘惑する海を見下ろせる橋を渡りながら、私は泣いていた。 このまま身を賭すことの出来ない悲しい現実と、生を持つヒトとしての切なさを想いながら…。 このまま飛び込むことの出来る心を持ちながら、私は何故躊躇っているのか。 愛は私をこの現実に縛りつけようとする。 笑い合った時間のほんの小さなスキマに、私は明日の未来を見ていた。 こんな素敵な時間が止まってしまえたらと、子供のような夢を抱いて、そうすることの出来ないことを知ってしまったことが一番辛かった。 この世界の息苦しさに圧迫されて、私は見えない空気に押し潰されてゆくような気がした。あるいは、窒息してしまう気さえしていた。 どうして私の心はこんなにも欠陥だらけで、こんなにも不器用なのだろう。 他人はあんなに簡単そうに窒息しそうな世界に佇んでいて、こんなにも圧力のある空気を厭いもしないでいられるのだろう。 ぽっつりと世界の空白に佇むと、私は何処にもゆけなくなって…ともすれば海にも逝けなくなるような気がして、酷く心が波立つ。 海が静かに私を呼んでいた。 「何を見ているの?」 と尋ねられたその瞬間、私は明日さえもない死を海の先に見ていた。 貴方には言えなかった。 「私はその瞬間、死んでしまいたいほど幸福だった」とは・・・。 |
![]() |
|
| メイン |
|




