セピア色の棘
2007/05/25(Fri)
白波が立つ海面のきらめきが乱反射する様を、ただ茫然と見つめていた。
木々が風に揺れ、空には名も知らぬ鳥が飛び去ってゆく。
懐かしく思われる雨の匂い。
悠然と漂う波間を見つめているその寂寥が、いつしか涙に変って…
何故そんな感傷的になるのだろうかと苦笑をもらす。

鮮明さを失ったあなたとの思い出を抱え、僕は今、僕の故郷であるこの海に立ち、あなたへの言葉を探している。
海の流れのように、とめどなく言葉が溢れたあの頃。
僕たちにとって、毎日という極小さな単位が愛や虚しさを埋める十分な時間だった。
のちに、それがかえって大きな虚しさとなったのだとしても。


さよならを告げたあなたが、どうして僕を求めたというのだろう。
僕にとって過去になりつつあるあなたに、僕はどんな器用さで、あなたの屈託のない、けれど何処か邪気のある弾む声に、どんな風に応えるべきだったのだろう。
持て余した沈黙を鬱陶しそうに遮ったあなたの、相変わらず真意が読めない口調が、僅かに僕を失望させた…。
愛を、ある一点において失われた愛を、あなたは試すことの出来ない異物で、僕の中にしのび寄って無理矢理に知ろうとするようだった。


さよなら。って言葉は一体なんだったんだろう。
僕の心に突き刺さった悲しい棘が、あなたの気まぐれの1つのように、また僕の深遠を突き刺してゆく。
紡ぐ言葉も、あなたを責める言葉も知らない僕の、一体何を、あなたは欲しがったんだろう…。
佇み、閉口することでぐらいしか自分を守れない僕を、あなたは何故試したがったのだろう。

愛が失われていれば、今の僕にとって虚しさとか悲しみといった、極当たり前な人間的な感情を、あなたに抱くことが出来ずにいる。
あなたを軽蔑したわけでも、あなたの愛を疑ったりしたわけでもないけれど。
僕の身体はきっと、随分不器用に出来ていて、あなたへの悲しみを上手に消化できなかったんだろうね。
嫌いになれたら良かったかもしれない。なんて、出来そうもないことを思ったりもしたけれどさ。
僕には愛を語れるほど、本当にあなたを愛したかも分からない。


海面を滑ってゆく風が一際強く吹き、白波が忙しそうに波立った。
キラキラと瞳を閉じたくなるような反射が美しかった。
まるで艶めかしい女人が、人々を海に誘惑するような、そんな妖艶な美しさの前に、僕はひとりぼっちで佇んでいた。
こんなに美しい景色もあとしばらくすれば、僕の思い出の中で小さく丸まった古い写真のように色褪せ、鮮明さをなくしてセピア色の淡い切なさに変ってゆく。

僕があなたにさよならを告げなかったのは、決して決別を恐れたわけではなく、さよならの持つ虚しさが、僕ではなくあなたを傷付けてゆくのが分かっていたから。
永遠を頑なに信じない僕のように、僕が決して「さよなら。」の一言を言わないと強く信じているあなたに、残酷な僕の愛は…別れの言葉を発しなかった。
そんな僕を、あなたは試すんだろう?
そんな弱い僕を、あなたは試すんだろう?

あなたの知ってか知らずかの、無邪気な残酷さを、今でも僕は少し恐れて、本当はどこかで軽蔑しているのかもしれない。
ひどく人間的な、あなたという生身の人を。
だからあなたからの連絡が疎ましかった。ホントは嬉しかったはずなのに。
「もう二度と連絡しないで」と打ちのめされたあの日。
泣きもせず、僕はただ部屋の中で茫然と立ち尽くし、電話を握って何も考えていなかった。
考えていたとすれば、僕は本当にショックで悲しいのだろうか?ということで、あなたへの慕情でもなければ、寂しさでもなかったように思う。
そんな僕を悲しがるのだろうか。
それとも嘲笑するだろうか。どちらでも構わない。

僕があなたを心のどこかで嘲笑ったように、あなたも僕をどこかで嗤ったんだろうから。
軋むことのない欠片を拾い集めて、あなたは何処に往こうとするんだい?
本当は寂しいあなたの孤独を、僕は知らないフリをして黙って見ていた。
そうやって僕は、まるでこの目の前に広がる海の流れのように、あなたとの思い出やあなたの存在自体をセピア色に染めて置き去りにしてゆくんだね。
バカみたいに拘っているのは僕の方で、あなたもまた孤独なひとりなのだと理解しながらも、僕はあなたにさよなら。を今度は言うんだ。

さよなら。
僕はね、そうやってあなたを傷付けた後、別の場所で同じように傷付いてゆく。
さよなら。って、あなたが鋭く刺し貫いたあの頃のように…。




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別れっていうのは、分からない。
連絡がありながら、別れている。ってことがあると思っている。なんて言うとバカにされるかもしれないけれど。
私にはそんな人がいて。
それは単純な決別でもなく、残酷な意味を伴う哀しい別れでもなく。
あまりにも何も無さ過ぎるゆえに、あまりに悲しい別れで。

セピア色って表現、けっこう好きだけど、その曖昧さが時々息苦しかったりする。
でも、「彼」の中で「あなた」に対する過去への思いは、確かに不鮮明ながらも、セピア色の思い出になってゆくんだろうな☆
そう願うけど(笑)
若さとか、可愛らしさというのは、時にとても残酷なんだと思う。
「あなた」の無邪気なはずの弾んだ声も、「彼」にとってみれば邪気のある笑みに見えたし、そう思うこともまた悪いことではないんだと思う。
屈託がないことが、人を傷付けることもあるし、過ぎ去った日々を淡い日常から、鮮明な日常することもまた、痛みを伴うことなんだろうと。

カクテルの中にも、「セピア」というカクテルがある。
ブランデーベースのカクテルで、大槻健二氏のオリジナルカクテルとされている。
ブランデー。
スイート・ベルモット。
ピーチリキュール。
レモンジュース。
キナリキュール・
これをシェークして作る。
ブランデーや、ベルモットの棘を、ピーチリキュールがほのかに和らげて消してくれるような味わい。
まるで「彼」の過去の棘を、セピア色に変えてゆくポーションのようなカクテル☆
きっと柔らかな風に乗って、潮の香りの漂うロッジか何かで飲んでいることでしょう♪

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