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容認できない海の先にあるもの
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2006/12/10(Sun)
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またひとつ、またひとつを失われてゆくものがある。
いったいどのくらいそれは繰り返され、また私はいくつの喪失を繰り返してゆくのだろうか。 灯火は微かな光を宿し、懸命に明日を信じる人をある瞬間に裏切りながら光る。 光の残像に瞳を細めた瞬間に光は消し去り、その残った大きく数々の寂寥が、今を生きる人々の上を滑ってゆく。 大切な人がひとり瞳を閉じた。 とめどなく溢れた涙はどこにゆけるだろう。 ただ儀式的に過ぎ去ってゆく時間だけが恨めしく、悲しかった。 そうすることが、ひとつの終着点なのだろうか。 もしも私の生が喪失される時であって、その終着はどこにあるというのだろう? 悲しみの中に点在する幸福と、寂寥の中に混在する幸福は、いつか誰かを悲しませもし、また誰かがそれを癒し消してゆくのかもしれない。 深い、容認できない海とはなんだろうか。 小説の一片にあることばに、私は非常に感慨深い想いで考えていた。 彼もまた、誰もが容認できない海の底に沈み、そして生を終えたのであろうか。 そうすることが生物というものの最期だと言ってしまえばそれだけで、けれどヒトはそれで終わることなどできない。 容認できない海の上を歩いてゆく私たちは、向かう場所を知らず、立つ場所を知らず、今もまだ歩き続けているのだとしたら、それはとても幸福かもしれないし、そうでないかもしれない。 円を描いていた。 そんな仲間であった。 手と手を取り合い、薄っぺらい言葉かもしれないけれど、助け合い、互いを信頼していた。 今は、視力検査のCのマークのように、円は欠けどこかに風が吹いたようだ…。 円が欠けることなど想像もしなかったし、できようもなかった。 ぽっかりと空いた空洞。 振り返らず零れ落ちた涙は、けっして流れ続けることなく乾き、また私は笑顔を取り戻すのだろう。 そうしてゆくことが生きてゆくことならば、と。 懸命に明日を見つめていたあなたよ。 愛はあなたに何を教え、そしてあなたの愛は誰に何を与えたか。 さよなら。元気でね。 あなたともう一度だけ話をしたいと思いながら遠く離れ、時が流れ、叶うことはなかった。 夏に元気そうだったあなたを焼き付けて、あなたもまた思い出の残像となっていって下さい。 私は時々優しかったあなたを思い出しながら、仲間と笑い合うのです。 だから今少し、涙を零しておきます。 |
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